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高松高等裁判所 平成9年(う)62号 判決 1997年10月09日

本店所在地

高知県幡多郡西土佐村大字用井八四一番地

株式会社西土佐生コン工場

右代表者代表取締役

濵田敦夫

本籍及び住居

右同所

会社役員

濵田敦夫

昭和二九年八月二八日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件について、高知地方裁判所が平成九年一月二九日に言い渡した判決に対し、被告人両名から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官寺野善圀出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人南正作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官寺野善圀作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、要するに、原判決は、大蔵事務官作成の各種調査書及び被告人濵田敦夫ほかの関係者に対する各質問てん末書、同被告人らの検察官に対する各供述調書等(原審検察官請求証拠番号甲2ないし甲51、甲58、甲59、乙1ないし乙15、乙18)の証拠能力を肯定したが、これらの証拠は、任意の税務調査に藉口して、実質は令状のないまま違法な捜索・押収行為により得られた違法な資料及びそれから派生した違法な二次証拠であり、証拠能力がないから、これらの証拠を採用して被告人両名を有罪と認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるというのである。

そこで、記録を調査して検討するに、以下に説示するとおり、前記各証拠の証拠能力を肯定した原判決の判断に誤りはなく、原判決に所論のいうような訴訟手続の法令違反はない。以下、所論に即して説明する。

1  所論は、まず、被告人株式会社西土佐生コン工場(平成八年八月八日有限会社から組織変更、以下、「被告会社)という。)に対する本件税務調査は、事前の通知がなかった点で違法であるというのである。しかし、法人税法に基づく質問検査すなわちいわゆる税務調査を行うに際し、事前の通知をするか否かは、個々の事案に応じた税務職員の合理的な裁量に委ねられているものであるから、事前の通知がなかったことをもって当該調査が違法となるものではない。所論は採用できない。

2  また、所論は、本件税務調査は代表者不在のままで、しかも正当な調査期日延期の申出を無視して行われた点で違法であるというのである。

そこで検討するに、記録によれば、平成五年三月二三日、高松国税局資料調査課職員木村和俊及び同高芝貴彦らは、被告会社に対する税務調査を実施したが、その際代表者である被告人濵田は西土佐村村議として橋の開通式に出席していたため不在であり、同被告人の実父濵田稔を立ち会わせ、主として経理担当の事務員岡村春美を対象として質問検査が行われたが、濵田稔は被告会社の関連会社である株式会社西土佐建設の取締役ではあるものの、被告会社の取締役等の役員ではなく、実際にも被告会社の経営には関与していなかったことが認められる。そうすると、法人に対する税務調査において、代表者の立会いが常に必要であると解すべき根拠はなく、これをいう所論は採用できないが、本件税務調査は、客観的には事務員の岡村のみを対象としてなされたことになり、必ずしも相当なものではなかったとみる余地もある。しかし、木村らは、被告会社の納税申告書に濵田稔に対する役員報酬の支払いなどの記載があったことから同人が被告会社の役員であると信じ、岡村から被告人濵田が不在であると聞かされたため、同被告人に代わるべき者として濵田稔に調査の立会いを求めたところ、同人がこれを承諾してその立会いの上、本件税務調査が行われたものであって、その間、同人や岡村からは、この点に関して何らの異議も出されなかったことが認められるのであるから、結局のところ、このようにしてなされた本件税務調査が著しく妥当性を欠く違法なものであったとはいえない。なお、原審証人濵田稔は、木村から被告会社の取締役ですかと尋ねられこれを否定すると、さらに役員ですかと尋ねられこれも否定すると、被告人濵田の父ですねと言われて立会いを求められた旨証言しているが、濵田稔から被告会社の役員であることを否定されたのに対し、木村が納税申告書の記載を挙げるなどしてその真否を問い質さなかったというのも不自然と考えられることからすると、右証言は信用できない。また、本件税務調査に際し、当初、岡村は、被告人濵田が不在で連絡も取れないので、自分の一存では調査には応じられないとしていたことは認められるが、前記のとおり、岡村は、濵田稔の立会いの下で結局は調査に応じ、本件の税務調査が行われたのであるから、その経過に違法な点はない。所論は採用できない。

3  次に、所論は、本件税務調査においては、調査拒否の場合には逮捕することもあり得ることを言外に匂わせて事務員らを畏怖させ、令状のないまま金庫を開扉させ、しかも中に入っている重要な書類を税務職員自ら持ち出し、勝手にコピーして持ち帰る、さらにはトイレにまでついて行く、何度も拒否したにもかかわらず女性事務員の私物のかばんを恫喝して開けさせ、無断で税務職員が中身を持ち出すなどの違法行為が行われたというのである。

しかし、記録によれば、これらの行為のうち、金庫や岡村のかばんの在中物を取り出したのが、岡村自身であるのか、木村ら税務職員であるのかは原審証人岡村及び同濵田稔の各証言と同木村及び同高芝の各証言との間で相違があるものの、岡村及び濵田稔の各証言によっても、被告会社の帳簿類の提示や金庫の開扉と在中の預金通帳や現金等の提示、岡村のかばんの中の現金等の提示、これら関係書類の一部のコピーや預かりなどは、いずれも同人らの承諾の下に行われたものであり、その際に、岡村や濵田稔は、木村らから、調査に協力しないと自分たちの心証を悪くして、調査の内容をどうでもできるから協力しなさいとか、協力してもらわなければ大事になりますよ、私たちもどんなことでもできますからなどと言われた旨の証言をしているが、その発言がなされた時期が、何度も言われたとはいうものの、岡村はかばんを開けるとき、濵田稔は金庫を開けるときというように相違し、心配した不利益の内容も、岡村は調査額の増減、濵田稔は逮捕というように相違しているのであって、調査が進むうちに同人らがそのような心配をしたこと自体はあり得るとしても、木村らが現実に右のような発言をしたとする証言部分については、反対趣旨の木村及び高芝の各証言に照らして信用できず、このほかに木村らがことさら強制調査と誤認させるような言動をしたような事実は認められない。そうして、木村らが岡村のかばんの中身を見せるよう求めたのは、それまでの調査から二重帳簿の存在が判明したが、それに見合う簿外の現金や預金が不足していたため、経理担当事務員である岡村のかばんに入っている疑いを持ったためであり、実際にも、そのかばんにこれら簿外の現金等が入っていたことからしても、無理な要求とはいえず、また、濵田稔がトイレに行く際に税務職員が同行したという点も、その自由の拘束の度合いがそれほど強いものであったとはいい難い。以上のような点や、被告人濵田の机の中を見せてほしいとの税務職員の求めに対しては、濵田稔が、同被告人の不在を理由として断っていることなどをも考えると、岡村及び濵田稔が、事前に通知され、お茶も出すなどして行われたこれまでの中村税務署の税務調査とは異なり、事前の通知もなく、これまで来たことのない高松国税局の職員ら三名が調査に来たという点などで、調査を拒否し難い雰囲気を感じたことは認められるが、本件税務調査が任意調査の範囲を超える違法なものであったとは認められない。所論は採用できない。

4  さらに、所論は、本件の税務調査で得られた資料がその後の査察部による強制調査に流用されており、これは憲法三五条、三八条や法人税法一五六条に反するというのである。

しかし、前記木村及び高芝の各証言や原審証人河田稔の証言並びに本件税務調査の経過及びその後の平成五年五月一一日に着手された国税犯則取締法の規定に基づくいわゆる強制調査の経過などからして、本件税務調査により得られた資料が右強制調査開始のための重要な資料となったことは明らかであるが、記録を精査しても、木村らの税務職員が当初から強制調査を行う意図で、そのための資料収集のために法人税法による税務調査を実施したと疑われるような形跡は全くうかがわれない。そうして、法人税法一五六条は、税務調査により得られた資料に基づき国税犯則取締法による調査は開始することまで禁ずるものではなく、こう解しても憲法三五条、三八条に違反するものではない(最高裁昭和五一年七月九日判決・裁判集刑事二〇一号一三七頁、同昭和四七年一一月二二日判決・刑集二六巻九号五五四頁参照)から、本件の強制調査に所論のいうような違憲、違法があるとはいえない。所論は採用できない。

その他、所論にかんがみ記録を調査して検討しても、本件の税務調査及び強制調査に所論がいうような違法はなく、前記各証拠の証拠能力を認めてこれらを事実認定の用に供した原判決に誤りはない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、被告人濵田を懲役一〇月・三年間刑執行猶予に、被告会社を罰金一二〇〇万円にそれぞれ処した原判決の量刑は、重すぎて不当であるというのである。

よって、記録を調査して検討するに、本件は、被告会社の代表取締役である被告人濵田が、被告会社の業務に関し、昭和六四年一月一日から平成三年一二月三一日までの三事業年度にわたり、合計四六九〇万九二〇〇円の法人税を逋脱したという事犯であるところ、原判決が、その量刑の理由の項でほぼ適切に説示しているとおり、その逋脱額は決して少ない額ではなく、逋脱率も相当の高率であって、かつ逋脱の方法も二重帳簿を作成するなど比較的悪質な部類に属し、会社の資金繰りや将来の経営基盤の安定化を図るためというその動機にそれほど酌量すべきものがないことなどに照らすと、被告人濵田及び被告会社の刑責は軽くなく、被告会社が本件逋脱にかかる法人税本税、重加算税及び延滞税の全額を納付していること、被告人濵田は逋脱の事実自体は認め、反省の態度を示していること、同被告人には前科がないことなど所論指摘の事情を含む諸般の事情を十分に考慮しても、被告人濵田の刑期及びその執行猶予期間、被告会社の罰金額のいずれの点においても、原判決の量刑が不当に重いとはいえない。論旨は理由がない。

よって、被告人両名に対し、刑事訴訟法三九六条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中明生 裁判官 三谷忠利 裁判官 山本恵三)

平成九年(う)第六二号法人税法違反被告事件

控訴趣意書

被告人 株式会社西土佐生コン工場 外一名

平成九年六月一五日

右被告人両名弁護人 南正

高松高等裁判所 御中

第一 原判決には、違法収集証拠であることが明白であるにもかかわらず、これを違法でないとして証拠採用するという、証拠手続に関して重大な違法を犯しており、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであり、速やかに破棄のうえ、無罪判決の言渡を求める。

一 即ち、本件を有罪と基礎づける証拠書類は、全て任意の税務調査に籍口して、実質は令状のないまま違法な捜索・押収行為により得られた違法な資料及びそれから派生した違法な二次証拠であり、刑事事件において有罪を認定する証拠として利用することは到底許されない。

右違法収集証拠の違法性は極めて重大であり、司法の廉潔性及び将来の違法捜査抑制の見地から到底許容されないものであるにもかかわらず、原判決は、右違法性を看過して安易に証拠として採用するという重大な違法を犯している。

二 そもそも、税務調査は行政権の一環として行なわれるものであり、あくまでも行政調査であって司法捜査ではない。

行政調査と司法捜査は、その要件・手段手法において、根本的に全く異なるものであり、行政調査に名を借りて司法捜査が行なわれてならないことは当然である。

そして、仮りに、行政がその一線を超えて違法な捜査を行なった場合には、本来絶対に有りえてならない行政権の逸脱した違法な捜査から、国民の基本的権利を最低限度守るために、当然、その違法な資料を証拠から排除しなければならない。

本件税務調査は、日本国憲法第三一条以下の適正手続及び令状主義を無視した違法捜査そのものであり、行政調査に名を借りた違法且つ著しく人権を蹂躙する行為であって、このような違法を将来的に二度と繰り返させないためにも、その侵害された法益は、厳正な司法手続の中で、証拠排除という手法によって、回復されなければならない。

三1 本件においては、原審の証拠調べの結果、事前通知がなく、代表者不在のままで、しかも正当な調査期日延期の申出を無視し、調査拒否の場合には逮捕することも有りうることを言外に匂わせて事務員らを畏怖させ、令状のないまま金庫を開披させ、しかも中に入っている重要な資料を税務職員自ら持出し、勝手にコピーして持ち帰る、更にはトイレにまで付いて行く、何度も拒否したにもかかわらず女性事務員の私物のカバンを恫喝して開けさせ、無断で税務職員が中身を持ち出すなどという、正に傍若無人の違法行為が次々と行なわれたことが明らかとなっている。

本件においては、違法であることが分かっていながら、何が何でも脱税の資料を奪取するという事前の強固な脱法意思のもとに、令状のないまま住居侵入、脅迫、捜索、押収という行為を連続して行なっているのであり、法治国家としては到底考えられない違法行為と言わなければならない。

2 しかも、本件では、右違法に収集した資料がそのまま査察部にいわば垂れ流しの状態で渡されている。

任意調査で収集した資料を、そのまま強制調査に流用することは到底許されない違法行為であり、憲法第三五条、第三八条の規定を意図的に潜脱しようとするものであって、法人税法第一五六条の規定にも明らかに反するものである。

本件では、令状を得られるだけの基礎資料が全くなく、査察が強制調査に全く着手できないという状況が一方にあり、そのため、資料調査の名目で任意調査に名を借りて査察のための資料漁りをするということが行なわれている。そして、それが違法であることを知りながら、代表者不在を奇貨として、令状のないまま捜索して押収しているのであり、目的のためには手段を選ばない「許されざる悪意」のもとに行なっていることは明らかである。法人税法第一五六条の規定を元々無視することを意図して本件違法税務調査は敢行されているのである。

3 原判決は、「…税務調査を担当した税務職員らの言動に、岡村らの意思を制圧、拘束し、あるいは、強制調査と同視し得る程度に達するまでのものはなかったことは右証拠決定での認定、判断のとおりであり、また、弁護人主張のように、税務職員らが岡村らにことさら強制調査と誤認させるような言動をとったり、強制調査を仮装したと疑わせるまでの証拠もない。」と判示する(原判決五丁裏末行乃至六丁表四行目までの記載部分)。

しかしながら、事前の通知がなく、しかも今まで一度も来たことがない「高松国税局」の者が六名同時に来て、被告人株式会社西土佐生コン工場に三名、西土佐建設に三名と別れて、来意も告げずに突然侵入し、国税局と名乗り、動かないようにとか、電話を取るなとか命令し、しかも、途中ではトイレにまで張りつき、代表者不在を説明しても全く聞き入れず、金庫を開けるように命令し、これを拒むと心証次第でどうにでもなると逮捕することを言外に匂わせて恫喝しているのである。

岡村らが強制調査と誤認したことは当然であり、右国税局職員の行なった言動により、岡村らは恐怖のどん底に追い込まれ、絶対に開けたくないと思っていた金庫まで開けさせられているのである。代表者は不在であり、その同意がないまま、脱税の資料がそのまま入っている金庫を、事務員が自発的に開けるなどということは、経験則上、到底ありえないことである。

そもそも、国税局の任意税務調査において、いきなり金庫を開けさせるなどということは、絶対にしてはならないし、そのような方法を取ったこと自体、違法である。

申告内容に疑問があれば、順次その内容について質問し、必要があれば、関係帳簿や領収書等の基礎資料の提示を求めて検討すれば足りる筈であるし、また任意調査においてはそのような方法しか許されていない。

責任者不在のままで、無理矢理金庫を開けさせて、中の脱税資料を取り出すなどという事実それ自体が、令状のないままの強制調査であることは明らかである。

原判決の認定は、国税局の行なった違法行為について直視しておらず、明らかに誤っていると言わなければならない。

第二 原判決は、被告人株式会社西土佐生コン工場を罰金一二〇〇万円に、被告人濱田敦夫を懲役一〇月、執行猶予三年としたが、右量刑は明らかに重きに過ぎ、不当であるのでその破棄を求める。

本件は、既に述べたとおり、証拠上は無罪であると確信する。

仮りに、有罪であるとしても、本件脱税は、国税局職員の不当な税務調査によって発覚しており、しかも、脱税発覚後は、被告人両名は脱税の事実について積極的に協力する姿勢で終始してきた。

そして、直ちに修正申告していること、被告人らの動機に悪質性がないこと、反省の情が真摯であり、脱税防止のための具体的改善策を直ちに実施していること等に照らすと、本件は、そもそも悪質脱税事件として告発されなければならない事案では全くなかったものである。

従って、原裁判所の量刑は、法人に対する罰金額及び代表者に対する体刑ともに余りに重きに失するので、その破棄を求めるものである。

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